会社概要

株式会社FON 元気ライフサロン 代表 室星 美子

創設者川口しょう子の次女。平成11年より川口しょう子のもとで、血流改善法独自の通電法の研究、実践に参加、一人ひとりの症状に合わせた完全オーダーメイドの施術で、現代人の健康と美容、予防医学の発展に尽力している。趣味はヨガ、料理とガーデニング。

いつも元気ライフサロンをご支援頂きまして、ありがとうございます。
皆様のおかげで22周年を迎えることが出来ましたことを、心から感謝御礼申し上げます。
先代の創業者である母、川口しょう子の後を継ぎ、代表を務めさせていただきます室星美子と申します。私は平成11年に元気プラザ(現;元気ライフサロン)に入社致しましてから、ずっと母と共に血流改善法の素晴らしさを伝えて参りました。
様々な症状で悩んでいた方が、血流改善法によって、本来の元気を取り戻し、生き生きとした毎日を過ごされることが、私たちにとって、何よりもの喜びとやりがいです。

2010年、厚生労働省による日本の平均寿命は、男性が79.64歳、女性が86.39歳です。しかし、介護を必要としない自立した生活ができる健康寿命の平均は、男性が70.42歳、女性が73.62歳です。つまり、男性は70歳、女性は73歳を過ぎた頃から、介護が必要になってくるということです。日本の平均寿命が延びても、人の手を借りなければ生活ができない期間があるということは、とても残念なことです。

元気ライフサロンに通って頂いている90歳以上のお客様は、みなさん10歳以上若く見え、お一人でどこでも出かけられ、自立した生活をされています。少しでも多くの方に、元気で100歳を迎えて頂くことが私たちの夢であり、目標です。

この22年の間には、サロンに通って頂いていた、何人かのお客様が天国へ召されて逝きました。しかし召される数日前まで普段と変わらずサロンにお出でになり、スタッフと楽しそうに会話され、次回の予約をされてお帰りになります。ご家族様から訃報の連絡を頂くと、「最後まで元気に生きて、天国へ逝くことができました。幸せな人生でした、ありがとうございます。」と仰って下さいます。
「生涯現役、死ぬまで元気!」が私たちの合言葉です。

2050年、日本人の3人に1人が65歳以上という超高齢社会になる日本。
私たちは、一人でも多くの方へ、一生涯自立した人生を送って頂けるよう、「生涯現役、死ぬまで元気!」を合言葉に、これからも地域の皆様から愛され、社会に貢献できるサロンとして努力、成長を続けて参りたいと思います。

元気ライフサロン 代表 室星 美子

会社名 株式会社 エフ・オー・エヌ
代表取締役 室星 美子
所在地 〒152-0035
東京都目黒区自由が丘2-11-16 ニューパルビュービル4F
電話番号  (03)3725-3131

1996年

1月15日 綱島教室オープン

1997年

1月9日 第1回 元気パーティ開催 ザ・ニューオークラ

8月3日 第1回 感謝デー 大綱会館
9月14日 第2回 感謝デー 浜京会館
11月16日 第3回 感謝デー 浜京会館

1998年

1月 つなしま通信創刊 編集長 中島一浩
2月15日 第2回 元気パーテイ
4月26日 第4回感謝デー だいあんホール
5月14日 だいあん健康講座 ボランティア講演

6月12日 「綱島会」 ボランティア講演
6月18日 だいあん健康講座ボランティア講演
7月12日 第5回感謝デー浜京
8月5日 だいあん健康講座ボランティア講演
9月13日 第6回感謝デー

9月27日 だいあん 「夢祭り」 一日ボランティア治療

11月29日 第7回感謝デー
12月15日 「若くの会」 ボランティア講演

1999年

1月31日 第3回元気パーティ
2月25日 第8回感謝デー
3月7日 第9回感謝デー
4月1日 だいあん健康講座ボランティア講演
4月4日 第10回感謝デー
5月16日 第11回感謝デー
6月6日 第12回感謝デー
7月15日 第13回感謝デー

9月19日 元気サロン「自由が丘サロン」オープン

10月13日 第14回感謝デー
11月18日 綱島会」ボランティア講演

2000年

1月20日 第15回感謝デー

2月3日 感謝デー改め勉強会

3月2日 勉強会
4月13日 勉強会
5月11日 勉強会
6月15日 勉強会
7月6日 勉強会
9月7日 勉強会
10月12日 勉強会
12月10日 「綱島会」ボランティア講演

2001年

1月18日 勉強会
3月4日 勉強会
5月10日 勉強会

6月23日 「ホームケア研究会」において予防医療の動向発表 東京大学医学部 3号館101号教室に於いて

7月5日 勉強会

10月19日 自由が丘 4階サロンオ-プン

2002年

10月24日 第1回 元気杯 清川C.C

2003年

2月2日 第4回元気パーティ

4月20日 「川口しょう子メディカルアカデミー」設立 設立委員会発足

特別講座 東海医学部元教授 師岡先生

5月22日 第2回元気杯 佐倉C.C
10月24日 元気杯 レッスン会

2004年

3月28日 第5回元気パーティ
5月27日 第3回元気杯 戸塚C.C

9月19日 「川口しょう子メディカルアカデミー」 第2回 講演会 東邦大学医学部元教授 村山先生

2005年

2月10日 神戸夙川サロンオープン
2月16日 「元気サロン」商標登録
7月6日 自由が丘サロン2階を4階へ

7月7日 東久邇宮記念賞授与

7月9日 自由が丘サロン4階リニューアルオープン

12月8日 第4回元気杯 足柄森林C.C

2006年

4月16日 第6回元気パーティー

第一部 飯塚律子先生の特別講演に耳を傾ける皆様

第二部 食事とゲーム 演奏はお馴染みのモストミュージシャン

2007年

2月 社員旅行

3月 自社化粧品「自由が丘の化粧品」 3品 新発売第6回元気パーティー

当社代表の川口しょう子は平成27年末に永眠しました。生前故人に賜わりましたご厚誼に対し心から御礼申し上げます。お客様の健康とともに歩んだ川口の足跡として、平成27年1月のご挨拶をご紹介させて頂きます。

高齢社会を憂い、参院選に立候補。講演活動やボランティアなどの過労から自身が大病をし、それがきっかけで低周波電気療法(現・血流改善法)と出会う。自身の体を通し、筋肉、神経、リンパに沿った通電法を考案。
一人ひとりの症状に合わせた完全オーダーメイドの施術で、18年間で、のべ20万人以上の臨床例をもち、健康と美容、予防医学の発展に尽力。

いつも元気サロンをご支援頂きましてありがとうございます。皆様のおかげで18周年を迎えることができましたことを、心から感謝御礼申し上げます。

平成8年1月15日オープンなのですがあっという間のような、又ずっと前からやってきたような気持ちです。今は、こんなに元気いっぱいですが、実は20年前私は、高齢社会に憂いを感じ、生活の中の無駄をなくし限りある資源を子供たちに残そうと、娘を協力者として参院選に立ちました。早朝と夕方は駅に立ち、昼は一軒一軒たずねては訴えて歩きました。同時に講演活動にも力を入れ、近所の主婦の口コミで、町内の婦人部、青年団、PTA等に呼んでいただいたり、ライオンズクラブからも声がかかるようになりました。そんな時、阪神大震災があり飛んでいきました。役所に行き、ボランティアを希望するのですが、役所はパニック状態で何も指示が出ないので、避難場所の地図をもらい、学校や公民館、保育園などのトイレ掃除を毎日させてもらいました。

毎日が夢中でした。朝から晩までおにぎりを持ち、睡眠3時間~4時間で1年半。結果はどんなに頑張ってもどうにもならない大きな壁を感じて終わりました。体も動かなくなっていました。極度の疲労とストレスによる、緑内障、リウマチ、椎間板ヘルニアから来る坐骨神経痛で、家の中もゴルフのパターを杖にしないと歩けない状態でした。寝ていても、血圧が下がらず頭痛と吐き気がひどく、検査の結果は、脳疾患の恐れがあるので安静にというのです。なぜ私がこうなるの? 一切のカンパも断り、ひたすら純粋に手弁当で頑張り、それよりも人のためになると思ったのになぜ?リウマチの手が痛むたびに世の中を恨みました。又、今夜眠ったら明日の朝、視野がなくなって何も見えなくなったらどうしよう…そう思うと怖くて眠れない日が度々でした。

その頃、私を応援してくれた人たちも病気でした。1人は腎炎で即入院と診断。でも知的障害のお嬢さんがいるために自宅療養で、ムーンフェースがすごい。と聞きました。もう1人は子供の時、股関節の手術をしたのですが、足を使いすぎた為に、再び手術すべきか悩んでいるというのです。私は申し訳なくて、目が見えるうちにせめてお礼状だけでも書いて送ろうと思い、ペンを取りました。9月でした。お向かいの垣根からこぼれるように萩の花が見えます。それを見ながら「萩の花が咲いています…」と一行書くのですが後は涙で書けません。申し訳なさと自分の情けなさで、便箋が濡れてしまうのです。一枚書いては濡れて又一枚…あぁ、もう今日はやめよう…とそんな時「せきずい活性療法」に出会いました。

もう一度元気になりたい。治りたいと思いました。そして病気と向き合ってばかりいてもだめだ。病気は横において一緒に走ろう! 人の役に立てばきっと私は生かされる。自分も元気になれる。この仕事なら高齢社会の役に立ち、自分が決めたことに嘘をつかずにすむ。そう思い「神様、どうぞもう一度健康にして下さい。きっと人のために働きます。どんなに辛くとも逃げません。」サンちゃんである太陽に誓いました。そして、家族の反対を押しきり、20年間はやる!と決めて、平成8年1月15日成人式の日、綱島にオ-プンしました。

始めは電話の一本も無く、ひたすら自分の治療をしていました。お客様が通ってくれるようになり、その中に中田幸子さんがいました。少しずつですがお客様が増え、1人では間に合わなくなってきました。でも治療費が1時間1875円でスタートした為、人件費がなく中田さんにお願いをしました。「今の私には、お給料を払う力がありません。でも必ず払えるように頑張ますから、ボランティアとして手伝ってくれませんか…」中田さんは気持ち良く引き受けてくれました。中田さんに助けてもらったお陰で今があります。

熱心に通ってくださる方たちの中にNECの、テニスの実業団で山田健一先生。キャノンの、部長 中島一浩先生。このお二人にはどれほど助けていただいたか判りません。どうしたら元気サロンの、せきずい活性法を世に認知してもらえるかということで、自律神経と内分泌、自律神経と免疫の働き、治癒事例、治療結果の個人データなど、又、予防医学として何が必要か。サロン内に目で見て判る医療資料など。常に治療の合間をぬってはお二人がアドバイスして下さいました。今、サロンにあるいろいろな印刷物は、中島先生からPCを教えていただいたお陰です。

マイサロンとして通ってくださる方たちに、何をしたら喜んでいただけるか。元気サロンとして、皆様のお役に立つにはどうしたら…とみんなで相談した結果、隔月で「感謝デー」と銘打ち”健康”をテーマに勉強会を始めました。第1回目の時です。「それなら僕も力になるよ」と病院の超音波の先生が言ってくれました。彼は、長年ムチウチに悩んでいたのが完治したので、お礼に「感謝デー」参加者の希望者に、無料でエコー検査をして下さるというのです。なんと参加者65名全員が検査していただきました。

同時に、私はボランティア講演を始めました。呼ばれると、どこへでも出かけていったある日、ボランティア治療の依頼があり、温蔵庫やリクライニングなどトラック2台で運び、一日70人ほどボランティアをさせていただきました。その時私の所に、”腰痛”といって座られた方が、魚菜学園の伊藤松夫先生でした。そして通ってくださりすっかり良くなられた1年後、この魚菜学園の2階をテナントとしてお世話していただきました。

果たして自由が丘で出来るのかしら…?不安でいた時、田中 裕さんからのご紹介で野間貴子さんがおいでになりました。そして沢山の方々をご紹介頂き、更にそのお友達の方々から輪が広がっていきました。私は、綱島と自由が丘を行き来するうち2年が経ち、契約更新。サインをしている時、4階が空くことを知り、その場でお借りすることにしました。綱島サロンを魚菜ビルの2階に移転し、2階はそのまま4階に移しました。さらに2年が経ち、2階と4階とを行き来しているうち、そうだ4階を広くしてひとつにしたらおいでになる皆さんに会える・・・そう思い、4階の奥のスタッフルームや事務所を外にお借りして4階をリニューアル。現在に至っています。

何も出来なかった私が、沢山の方たちに守られ応援をいただいて、19周年を迎えることが出来ました。綱島時代から通ってくださる皆さん。又、自由が丘の皆さん本当にありがとうございます。天職を授けていただいたことに感謝致します。これからも一生懸命勉強し、努力し頑張ってまいります。スタッフともどもよろしくお願い申し上げます。

平成27年1月吉日  川口 しょう子